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豊年祭

mini.jpg石垣島の夏★豊年祭

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石垣島の夏のお祭といえば、やっぱり豊年祭です。
夏には、各保育園、施設などの夕涼み会、星祭、ビール祭、石垣島祭。花火大会など様々なお祭がある石垣島ですが、
昔から八重山の人々が受け継いできた『豊年祭』はやはり別格です。
八重山各地、石垣島の中でも四ヶ字(しかあざ)・白保・宮良・川平・大浜・その他各地、そして
八重山の島々でも豊年祭が行われますが、
八重山地方での最大の規模で行われる四ヶ字(しかあざ)豊年祭(プーリィ)は、石垣島の人口(約44,000)の半数以上が密集する地域でのお祭りとあって、多くの観衆が集まる熱気あふれるお祭りです。

ムラプーリィでは、旗がはためき、太鼓が鳴り響き、人々が踊り舞う。
五穀豊穣に感謝し、来夏世の豊作を祈願します。
「四ヶ字」という言葉は、島にいるとよく聞く言葉ですが、お年寄りたちは「しか」と略したりもします。
でも、実際にこの地名は存在しません。
これは、石垣の市街地を取り囲む地域、石垣市字石垣、字登野城(とのしろ)、字大川、字新川をまとめた総称です。
石垣島の中心にあるこの四ヶ字と呼ばれる地域は、もともとはひとつの集落。
それが、石垣村が登野城村に分かれ、その後、登野城村から大川村、石垣村から新川村が分離しました。
そのため現在でも繋がりが深く、豊年祭やハーリーなどの祭事は合同に行われることが多いんです。
ムラプーリィは、新川にある真乙姥(まいつば)御獄でので行われます。

この先一年の豊年などの祈りを込め、旗頭、太鼓隊、巻踊の奉納。
これが終わると、東から五穀の神がやってきて、西からくる真乙姥御獄の巫女に「五穀の種子」を授受。
それからカヌチと呼ばれる棒を雄雌の綱に差し込む儀式「アヒャー綱」が行われる。
夕暮れにさしかかった頃、お祭りの舞台は真乙姥御獄の西側に移り、東西から武士が現われ戦う。

その後、全長60メートルにもなる大綱引きで祭りは千秋楽を迎える。

村々の祈りが描かれたさまざまな「旗文字」は人々の祈り。
描かれている祈りの旗文字とその意味は・・・


請福
ふくをこう 福の世を請い願う

祈豊
いのるゆたか 豊穣を祈る

天恵豊
てんけいゆたか 天の神々の恵みが豊かさをもたらし、来夏世の豊作を祈る。

瑞雲
ずいうん 恵みの雨をもたらし豊穣であるように

祈豊穣
いのるほうじょう 穀物がよく実ること

五風十雨
ごふうじゅうう ものを潤し育てる恵みの雨

豊潤
ほうじゅん 豊かな潤いを祈る

和衷協力
わちゅうきょうりょく 心から協力し合い平和を願う

弥勒世
みるくゆ 人の世の災禍を払い、人々に幸福をもたらす

瑞雲慈雨
ずいうんじう 瑞雲を呼び、慈雨に恵まれ万物の豊かさを祈る

庶穂
しょすい 甘庶の順調な生育を祈る

愛郷愛土
あいきょうあいど 土に親しみ、万物元気よく育ち平和な郷土の楽園を願う

最後の大縄引きには、観光客の人も参加でき、
綱から出ている細い縄は持ち帰りもオッケー★
持ち帰ると幸せになれるとのこと。
ぜひ狙ってみてください♪



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